医療界は長年、「糖質を減らすと脂質摂取が増え、LDLコレステロールが上昇して動脈硬化のリスクが高まる」と主張してきた。しかしこの主張には、生化学的に見て決定的な見落としがある。
LDLには「大型LDL(パターンA)」と「小型悪玉LDL(スモールデンスLDL)」の二種類があり、飽和脂肪酸の摂取で増えるのは主に血管壁に入り込みにくい無害な大型LDLである。動脈硬化の直接原因となる小型悪玉LDLを増やす最大の要因は、むしろ糖質の過剰摂取とインスリン抵抗性にある。
さらに現代の脂質学では、LDL値よりも「中性脂肪(TG)とHDLの比率」が心血管疾患のより強力な予測因子とされている。糖質制限によって肝臓での脂肪合成が止まり、TGが劇的に低下してHDLが上昇するという重要な事実を、この反対論は完全に無視している。加えて、動脈硬化の起点は血管内皮への糖化(AGEs生成)と酸化ストレスであり、食後高血糖こそが血管を傷つける根本原因である。「飽和脂肪酸が心疾患を引き起こす」という古い仮説は、近年の大規模なメタアナリシスによって次々と否定されつつある。
「厳格な糖質制限には長期的な安全性を示すエビデンスがない」という主張は、一見もっともらしいが、そもそも現在の標準治療である「カロリー制限・高糖質食」が長期的な総死亡率を改善するという厳密なエビデンスも存在しない。数十年間にわたって食生活を完全にコントロールする臨床試験は、物理的にも倫理的にも不可能である。それにもかかわらず糖質制限に対してのみ「長期エビデンスがないから危険」と結論づけるのは、明らかなダブルスタンダードといえる。
また「リスクあり」とする観察研究の多くは、糖質摂取量が40%前後の人を「低糖質グループ」としており、生化学的な意味での厳格な糖質制限とは似て非なるものである。そして何より、食後高血糖による血管ダメージは「確実な害」として生化学的に証明されているのに対し、糖質制限の長期リスクはあくまで「仮説上の懸念」に過ぎない。実際の社会には、10年以上にわたって厳格な糖質制限を続けながら良好な血液データを維持している人が無数に存在するという現実も、軽視すべきではない。
筆者自身がまさにその証左であり、もうすぐ14年という歳月がその安全性を体現している。
「高タンパク食は腎臓の糸球体に負担をかける」という主張の最大の欺瞞は、腎臓の糸球体を実際に破壊している真犯人、すなわち「慢性的な高血糖とAGEsによる血管内皮の炎症」から目を逸らしていることにある。
さらに深刻な矛盾が標準治療の現場にある。腎機能が低下した患者に「タンパク質を減らし、その分の糖質を増やしてカロリーを補いなさい」という指導が行われてきたが、これは腎臓の毛細血管を壊す根本原因である高血糖にさらに燃料を投下する行為であり、生化学的に見て信じがたいほど矛盾している。この標準治療に従って真面目にカロリー計算とタンパク制限を行った結果、透析へと進んでいく患者が後を絶たなかった現実がある。
そしてもう一点、これが最も本質的な指摘だが、「すでに腎機能低下が始まっている患者」を糖質制限への反対理由として持ち出すこと自体に無理がある。その腎機能低下を招いたのは、長年にわたる高糖質の標準治療にほかならないからだ。自らの指導が生み出した合併症を盾にして、根本的な治療法を否定するのは、論理的にも倫理的にも成立しない。
「高齢者が糖質を制限するとエネルギーが不足し、筋肉が分解されてサルコペニアになる」という主張も、その責任の所在を誤っている。糖質制限の本来の姿は「糖質を減らした分の エネルギーを良質な脂質で補い、タンパク質もしっかり摂る」ことであり、脂質1gあたり9kcalという最も効率のよいエネルギー源を活用することで、総エネルギーが不足することはない。
問題は「脂質は控えよ」という従来の指導と糖質制限が混在した結果、患者が「ご飯も食べず、肉も油も控える」という超低カロリー・低栄養の食事に陥るケースが生じたことであり、これは糖質制限の欠陥ではなく栄養指導の失敗である。正しい指導が行われなかったことを治療法の問題にすり替えるのは不当といわざるを得ない。
筆者は71歳の今も農作業で身体を動かし、自らの筋肉(GLUT4)を使ってインスリンに頼らない代謝を維持している。それ自体が「高齢者の糖質制限はサルコペニアになる」という主張への生きた反証である。
「穀物を制限するから食物繊維が不足し、腸内環境が悪化する」という主張は、食物繊維の供給源を穀物に限定した偏狭な発想に基づいている。葉物野菜、海藻、きのこ類に加え、菊芋に豊富な「イヌリン」やヤーコンの「フラクトオリゴ糖」は、血糖値を上げることなく大腸の善玉菌の優れた餌(プレバイオティクス)となる。
むしろ精製糖質の過剰摂取こそが、腸内でカンジダ菌などの悪玉菌を増殖させ、マイクロバイオームのバランスを崩す最大の要因である。また、穀物に含まれるフィチン酸は鉄・亜鉛・マグネシウムなどのミネラル吸収を阻害するため、穀物を控えることで動物性食品や野菜のミネラルの吸収効率はむしろ向上する。
さらに興味深い生化学的事実として、ビタミンCとブドウ糖は分子構造が似ており、細胞への取り込みで同じ輸送体(GLUT)を競合する。高血糖状態ではビタミンCが細胞に入りにくくなるが、糖質制限下ではその取り込み効率が高まるため、必要な絶対量自体が少なく済む。
筆者自身、菊芋と豆乳ヨーグルトの組み合わせによって大腸の腸内細菌を活発に機能させており、この「シンバイオティクス」の実践こそが「糖質制限=腸内環境の悪化」という主張への最も実践的な反証となっている。
かつて日本でブームになった「粗食のすすめ」は、実質的に「ご飯と漬物と少しの野菜」という糖質過多・タンパク質極端不足の食事を推奨するものだった。これが多くの高齢者のフレイル(虚弱)とサルコペニアを招いた日本の栄養指導における大きな失敗である。
筆者が提唱する「質素な食事」は、これとは根本的に異なる。豆腐、鶏肉、大豆、卵といった高価ではないが必須アミノ酸と良質な脂質を豊富に含む食品を、腹八分目に食べること。これは「贅沢ではないが、細胞にとっては最高の栄養」という発想であり、知識と工夫によって最高水準の代謝を維持するための知的な選択である。
「腹八分目」もまた単なる慣習ではなく、生化学的な根拠がある。消化管を適度に休ませることで細胞の若返り機能(オートファジー)が活性化し、インスリン感受性が高く保たれる。
筆者の代表的な実践として、豆腐300gにコンソメとキサンタンガム1gを加えてミキサーにかけるだけで完成する「糖質ほぼゼロの豆腐ホワイトソース」を使ったグラタンがある。自家栽培の菊芋とベーコンをニンニクと鷹の爪で炒め、チキンと半熟卵5個を並べてチーズを乗せて焼く「オスティナート風菊芋と半熟卵の豆腐グラタン」は、食後の血糖値上昇がほとんどなく、かつ十分なタンパク質と脂質、イヌリンを一皿で摂取できる完全食である。