By Artfarmer2026年10月4日
アドラー心理学の「優越性の追求」は、「他者より上に立とうとすること」と誤解されがちです。そのため、「優越性を求めるのは悪いことではないか」という疑問が生まれます。
けれども、この疑問は**「優越性」と「優越性の追求」を混同している**ところから来ています。
優越性:客観的に他者より優れている、という状態・結果
優越性の追求:より良い状態になろうとする、働き・過程
優越性は到達した状態であり、人が生まれつき持っているものではありません。生まれつき備わっているのは、「より良い状態になろうとする働き」のほうです。これが向上心であり、優越性の追求です。
向上心は、あとから身につけるものでも、意識して持つものでもありません。人間が生きていくために、生まれながらに備えている本能です。
生存本能
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向上心 = 優越性の追求
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より良い状態を目指す
本能である以上、ここに「良い・悪い」はありません。空腹になれば食べたくなるのと同じで、より良くなろうとするのは生きるための根源的な力そのものです。向上心を持っていること自体は、評価の対象になりません。
では、問題はどこにあるのか。それは本能を持っていることではなく、その本能をどう使うかという、その後の生き方です。
〇より良い状態を目指す
・努力する、 努力・実質 、社会的成熟 、共同体感覚、 他者貢献
・努力を回避する他者との比較、優越感虚栄心、承認欲求
努力して実質を伴う向上を目指すのか、努力を避けて比較によって「優れている自分」を得ようとするのか。分岐が生じるのはここからです。出発点の向上心そのものに、善悪はありません。
優越性は状態であり、優越性の追求は本能的な働きである。
向上心は、人間に最初から備わった生きるための力です。善悪を論じるべきなのは本能のところではなく、それをどう生き方につなげるかというところなのです。